今くらいのは死後くらいから
★20世紀最大の哲学者といえばハイデガー
ハイデガーは私たちのつまらない心
【退屈】を3つに分けて哲学しています。
今日は第2の退屈からです。
昨日は
松尾芭蕉の
「おもしろうてやがてかなしき鵜舟かな」
の歌を通してお話しましたね。
中国の漢の武帝の言葉に
「歓楽尽きて哀情多し」
ということばがあります。
これは、
歓楽・・楽しいことが
尽きて・・終わってしまうと
哀情・・悲しさやむなしさが
多し・・いっそうましてしまう
という歌です。
オカもんは高校時代、演劇部でした。
文化祭にむかって全力で準備しました。
少ない人数で精一杯努力して
やりぬいた演劇、全校生徒から
大変な好評をいただきました。
ところが、
その後、みんなで居酒屋に行って
文化祭の打ち上げ、いつもなら
付き合い程度にお酒をのんでいたのですが
この日だけは、とても空しくなって
どんどん飲んでしまったのです。
みんなが、熱くてたべられたなかった唐揚げを
手づかみでたべていたのですから、
かなり酔っていたのでしょう。
そして・・・・
泣き出してしまった\(◎o◎)/!
泣き上戸なようです。
思いっきり集中してやりぬいた
文化祭、終わってみるとポッカリ穴があいたようで
発狂しそうになった・・
「歓楽尽きて哀情多し」です
このように私たちの
楽しみはやがてすぐに
退屈に変わってしまいます。
ショーペンハウエルは
退屈と苦痛をゆれうごく振り子
といっていますが
その言葉にうなずかずにおれません。
★私たちは苦しむために生まれたのでもありません!
生きているのでもありません。
「心を弘誓の仏地にたて」
大安心、大満足の弘誓の大地にこころをたてよと
親鸞聖人はいわれています。
大安心、大満足の絶対の幸福になるために生きているのです。
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